『月光』


 いつのまにか、吹く風に涼しさが混じり、聞こえるものも 蝉の鳴き声から、
リーンリーンという、涼やかな虫の音へとかわっている。
 寮へと帰る道も、ふと辺りを見回すと、赤とんぼが飛んでいたり、コスモスが
揺れていたりして。

 「もう、秋なんだなぁ・・・。」
 そう思って見ると、夕焼け空も なんだかいつもよりも、赤く見えるような気が
する・・・。
 「・・・俺って、単純かも・・・・。」


 「伊藤くんは、単純なんですか?」
 「しっ七条さん!?」
 さっきまでは、誰もいなかったはずなのに、いつのまにか俺の後ろに
七条さんが!

 「すみません、驚かせてしまいましたか? 物思いにふける伊藤くんに
見とれていたら、ついつい 声をかけそびれてしまいました。」
 「みっ、見とれてって・・・。」
 「秋の風に吹かれながら、物思いにふける伊藤くんは、とても綺麗でしたよ。
できれば、僕のことを考えていてくれると、嬉しいのですけど。」
 「綺麗って・・・。 そんなこと・・・・。」

 ───・・・どうして七条さんって、にっこり笑って さらっとすごいことを
言うんだろう・・・。

 「おや? 伊藤くん、顔が赤いですよ?」
 「ゆっ、夕焼けで、そう見えるだけですっ!」
 「そうなんですか?」
 「そうなんですっ。」
 恥ずかしいから 先に帰ろうとしたのに、くすくすと笑いながら、七条さんが
指をからめてきた。
 
 「七条さん!?」
 「なんですか?」
 「うっ・・・・。 なんでもないです・・・・。」

 ───・・・だから、その”にっこり”は、反則です・・・・。







 結局、寮まで一緒に帰って、ご飯もお風呂も済ませて。
 いつもみたいに、七条さんの部屋で 宿題をしていたら、急に七条さんが
顔を上げた。
 「そうだ、伊藤くん。 少し屋上に上がってみませんか?」
 「屋上・・・ですか?」
 「ええ。 実は、今日は十五夜なんですよ。」
 「十五夜!? ・・・俺、そんなの すっかり忘れてました。」
 「今夜は、雲もありませんし。 きっと、綺麗に見えますよ。」


 屋上に上がってみると、外は思っていたよりも、ずっと明るかった。
 「うわ・・・ぁ。 七条さん! 月がすごく大きくて、明るいですね!」
 「本当ですね。 こんなに明るい月は、久しぶりに見ました。」
 決してまぶしくはないけれど、確かな光で 闇を照らしてくれる月。
 白銀の光は、そこにあるだけで 安心できて・・・。

 ───・・・・月って、まるで 七条さんみたいだ・・・。

 そんな事を思った瞬間。
 「どうかしましたか? 伊藤くん?」
 「ししし、七条さん!?」
 手すりに手をかけ、空を見上げていた 俺の背中に覆いかぶさるように、
七条さんが身を寄せてきた。
 「月に見とれる伊藤くんも、とても綺麗なんですけれど・・・ね。」
 「あ、あの。 ・・・七条さん?」
 背後から回る腕。
 耳元にかかる吐息。
 「そんなに夢中で見つめられると、少し 妬けてしまいますね。」
 「や、妬けるって、そんな・・・・。」

 七条さんの方に 顔を向けた瞬間、息が止まるかと思った。
 月光の降りそそぐ中、優しく微笑む七条さんは、とても・・・とても綺麗で。

 「・・・どうかしましたか?伊藤くん?」
 「・・・あ・・・・・。」
 白銀の光と白銀の髪とがあいまって、まるで 月の国の住人のように見える。
 そう。
 まるで、このまま地上から 消えてしまいそうな・・・・。


 「七条・・・さん・・・・。」
 「伊藤くん?」
 「行かな・・・で・・くださ・・・・ぃ。」
 無意識に 口からこぼれた言葉と、伸ばした指先に、七条さんは 少し
驚いた顔をして。
 それから、ゆっくりと 優しく微笑んでくれた。
 「どこへも、行きませんよ。 僕はいつでも、伊藤くんのそばにいますから。」
 「七条さん・・・。 七条・・・・さんっ。」
 なんだか胸がいっぱいで、切なくて、七条さんの名前しか 出てこない。
 「七条さん、俺・・・・。」
 「──・・・伊藤くんは、本当に かわいいですね。」
 優しく、強く引き寄せる力に 身を委ねながら、もう一度 月を見上げる。



 ────・・・そういえば。
 初めて 七条さんと・・・・、あの時も・・・・・。



 「伊藤くん、大好きですよ。」
 「俺・・も・・・。 俺も、七条さんが 好きです・・・。」

 七条さん、七条さん・・・。
 月の光のように、綺麗で 優しくて。
 でも、名前を呼べば、手を伸ばせば、いつでも応えてくれる。

 「僕はいつでも、きみのそばにいますよ。 ・・・・啓太くん。」
 「七・・条さ・・・ん。 俺も・・・俺も、ずっと・・・。 臣・・・さん・・・・。」

 空には、銀色の月。
 いつもより、大きく 明るく輝く月が、静かに 優しく、
俺たちを照らしていた・・・・────


「Sapphire Rabbit」様でフリー配布されていたのを頂いてきました♪
啓太の不安を優しく受け止めてくれる七条さんが素敵ですvv


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